第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2021年
第26回入賞作品

佳作

約束のギター 松田 良弘(46歳 会社員)

 高校生の時、私は友人と二人で音楽ユニットを組んだ。有名になってみんなの心に自分達の音楽を届けたい、そんな夢を抱いて、放課後や休みの日に、河川敷の公園でギターを持って弾き語りを始めた。

ある日、一人のスーツ姿の男性が私達の所にやって来た。そして名刺を差出した。もしやスカウト?私達の鼻息は荒くなったが、そこには社会福祉施設の名前が書かれていた。
「君達にお願いがあって来たんだ。今度、私達の施設でライブをしてくれないかな?」。
説明によると、男性は様々な理由で社会から孤立してしまった人達を支援している施設の職員で、そこで開かれるイベントに出演してくれる人を探しているとのことだった。
「君達の音楽を毎日ここで聞いていた男性のことを知っているかい?この河川敷で„暮らしていた〝人だよ。名前はAさんと言うんだけれど、そのAさんが言っていたんだ。君達の音楽に私は救われた、と」。
 その男性なら覚えている。年齢は私達の父親ぐらいだろうか。Aさんはいつも遠くの方で私達のことを見ていた。行き交う人達が避けるように私達の前を通り過ぎて行く中、Aさんだけがじっと私達のことを見ていた。私達はAさんと話をしたことはなかった。私達の住む世界と違う身なりや風貌に、私達が嫌悪感を抱いていたことに間違いはない。そう言えば、いつからかAさんを見かけなくなった。私達はそのことさえも気にはかけていなかった。
職員さんは話してくれた。

Aさんは小さな会社を経営していた。奥さんを亡くし息子さんと二人きりの生活だったが、音楽が大好きだった息子さんの歌声と笑顔に包まれて、Aさんはとても幸せだった。しかし、息子さんの中学卒業間近、会社が倒産しAさんは多額の借金を抱えてしまった。Aさんはなんとか会社を再建しようとしたが上手くはいかなかった。そして息子さんは進学を諦め、中学を卒業すると遠い町で就職した。自暴自棄になったAさんは、全てを捨ててこの河川敷にやって来たのだった。
「まだ二人で幸せに暮らしていた時、Aさんは息子さんに約束をしたんだ。高校に受かったら、欲しがっていたギターを買ってあげる、と。ずっとその約束を忘れていたけれど、君達の音楽を聞いて思い出したそうだ」。
 今、Aさんは自らすすんで施設に入所し、社会復帰を目指しているとのことだった。そして、いつの日か息子さんに約束のギターを買ってあげるため、日々を前向きに生きているそうだ。
「施設にいる人達は、みんなそれぞれにいろいろなものを失った。でも明日を信じて必死に頑張っている。そんなみんなのために、君達から希望を届けてくれないかな?」。
 私達は嬉しかった。弾き語りを始めてから、私達の音楽に耳を傾けてくれる人は誰もいなかった。届かない音楽に意味があるのか、私達はもう弾き語りをやめようと思っていた。しかし、それは間違いだった。Aさんにとって私達の音楽が意味を持ったのだ。一人の人の心の中に、譜面を描けたのだ。Aさんが見失った大切な約束を、私達の音楽で見つけてあげられたのだ。 私達は喜んでライブの出演を引き受けた。

ライブ当日、Aさんは私達が出演することを知らされていなかったらしく、とても驚いていた。しかし、演奏が始まると今日は一番前で私達の音楽を聞いてくれた。手拍子や拍手、何よりも優しい笑顔が、私達の音楽に花を添えてくれた。
「私も息子とバンドを組もうかな?」
そう言っておどけるAさんの楽しそうな顔を、私達は今も忘れはしない。