2019年
第24回入賞作品
グローバル賞
奇跡の虹を 周 幸余(20歳 学生)
「どうして泣いてるんだい?」
「奇跡の虹なんてどこにもなかったから」
「あるさ。見つからなかっただけだ」
「嘘つき」
「嘘じゃないよ」
「じゃあ、どこにあるっていうの?」
「雨上がりの山にあるよ」
「連れて行ってくれる?」
「いつか連れて行ってあげる」
「約束してくれる?」
「いいよ。約束する」
「いつ山に行くの?」
「空も君も、晴れたらね」雨が上がって、空も、涙も、晴れたら…。10年前のあの日、仕事で忙しかった父は、そう約束してくれた。いつか虹を見せてくれると。そのはずだった。
この10年間、父とはあまり会えなかった。私も勉強で忙しく、なかなか外へ遊びに行かないので、父が言う虹を自分で探そうと思ったのは、実はあの日が最初で、最後だった。
10年間、待っていた。夏休みでもいい、冬休みでもいいから、父が仕事から帰ってきて、山へ連れてくれるのを。子供の幻想を載せた、普通の虹より、キラキラ輝く奇跡の虹を見せてくれるのを。
ずっと待っていた。でも、待てなかった。
気がつけば私も大学生になってしまい、父も、ついに体を壊してしまった。
お見舞いへの道は、雨が降っていた。激しい雨だった。傘を差しても、結局びしょびしょになってしまう雨だった。
雨に濡れた体に構う余裕もなく、病院についた途端、すぐ病室に向けて走り出した。ノックを忘れて開いた扉の向こうには、父がいた。久しぶりに会った父は白い布団を膝にかけ、ベッドボードに背をあずけていた。そのまま声をかけないと、本当にどこかに行ってしまうのではないかと、そんな嫌なことさえ考えてしまった。
メガネをかけていない父は、ぼーっと病室のどこかを見ていた。扉を突然開けられたことは気にしていないらしい。あるいは、あらかじめ私がくるのを知っていたから、特に驚くことはなかったのかもしれない。
父のそばまでいき、近くでその青く曇った顔を目にすると、ついに耐えきれなくなった涙が零れてしまった。それがシーツに滴り落ちて、「ポタッ」と、音がした。
「雨が降っているね」
父は窓の外を眺めた。
しばらくの沈黙の間、雨の音だけが、病室の中に響き渡った。
「いつまでも晴れないと、虹なんか、出るはずもないね」その言葉を聞くと、今まで募ってきた思いを堰き止めたダムが、一気に崩れてしまった。
「…嘘つき」
「ごめんね」
そう謝って、父は静かに微笑んだ。それ以上のことを言わせてくれないかのように、ぼやっとしか見えないはずの目で、私を見つめた。私は泣き顔を隠したくなって、父に背を向けてベッドに座り、外の雨を眺めた。
「いつか、奇跡の虹は出てくるの?」
「晴れたらきっと、出てくるよ」
「本当?」
「必ず見せてあげるよ。約束する」背中から暖かい手のひらの感触がした。幼い子供を撫でるかのように背中を撫でられ、涙が止まらなくなってしまった。そう。今は、雨上がりを、晴れを、待とう。いつまでも雨は続かない。曇りもあれば、晴れもきっと、あるはずだから。
そうしたら、虹は出てくるのだろう。
今は、虹を、奇跡を、待とう。
病院ではなく、山で。今度こそ、父と一緒に果たそう。
10年前から続く、奇跡の虹の約束を。