第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2019年
第24回入賞作品

10代の約束賞

白い本が導いてくれた未来 小林 萌恵(高校3年生 高校生)

 「ピリッ」と指先に電流が走ったのは、丁度桜の花びらが風に乗ってはらはらと舞っている頃だった。散りゆく桜は、自分の将来が決まるまでのカウントダウンのようで、十八歳になったばかりだった私は、焦燥を掻き消すかの如く本屋へと駆け込んだ。
 ふらりと店内を巡り、たまに本を手に取って表紙を眺め、目次を読んでパラパラとページをめくる。これが私のルーティーン。「ピリッ」。一冊の本の背表紙をなぞった時、指先に電流が走った。「この本だ」とページをめくる前にも関わらず直感し、目次に目を通して確信した。それは、真っ白な本だった。
 昔から小説が好きだった。本の世界には、おもしろい友人がいて、どんなに困難なことでも挑戦する仲間がいたから。平安時代や私の知らない未来の世界、フランスやアメリカ、どんな場所へでも旅に出ることができたから。しかし、そんな私が手に取ったあの一冊の白い本は、とある小説家が綴ったエッセイだった。
 焦燥だけでなく、様々な言葉や感情で溢れていた私の脳内が、このエッセイによって綺麗に整理整頓されていくのが分かった。今まで隠れていた足の踏み場、進みたい道が見えた瞬間だった。そして、梅雨が明ける頃には、あの白い本はボロボロになっていた。
 蝉の声が目覚まし時計の代わりになってきたなあと感じる日々。私は一遍のエッセイを書いた。それが、どこかのエッセイコンテストに入賞したと聞いたのは、紅葉という仕事を終えた紅葉が、挨拶をするためか私の足元に落ちてきた季節だった。
 今まで「小説」という分野でしか活字を追いかけてこなかった私にとって、あの一冊の白い本は「エッセイ」という新しい場所へ導く扉となってくれた。全てはあの本、その著者が綴った言葉から始まったのだ。
 私は、「エッセイが入賞した」という事実のみをその著者の、彼のSNSに報告した。すると、「読ませて欲しい」という類の返信が来て、私は原稿を送信した。嬉しさと緊張がぴったり同じ重さ分、送信ボタンを押した指先に乗っかっていたことを覚えている。彼からは、私のエッセイに対する批評を頂いた。彼自身のもの。そして、作家としてのもの。作家としての言葉は、「こいつが優等生ではいられなくなった状態が見たい」だった。鈍器で頭を殴られるとはああいうことなのだと思う。あれから、優等生ではない文章について考える時間が増えた。
 私は、「作家としての貴方が、身を乗り出して読みたくなるような文章を書きます。」と約束した。彼にとって私は、数多くいる読者の一人であり、もう一度私の文章に目を通してもらうことのできる機会があるとも限らない。ただ、私はこの約束を果たしたいと思う。
 今の私に何ができるのだろうか。様々な場面に触れ、己の気持ちと向き合い、自分の言葉で表現すること。表現できるだけの語彙力を身につけること。曝け出すこと。そして私は、あの約束を果たすと同時に、誰かの心を動かすことのできる文章を綴りたいと思う。
 「ピリッ」
 道に迷った時、私の指先にはいつも電流が走る。