2019年
第24回入賞作品
佳作
無人販売 玉置 順一(80歳 弁当・惣菜販売)
「よりによって、えらい時期におたふく風邪にかかってしもたな」一年を通して一番の稼ぎ時、年末大売出しの当日、家族全員がダウンしてしまった。大売出しを当て込んで大量に仕入れた野菜が倉庫はおろか店の天井近くまで山のように積み上げられて今か今かとしびれ切らして出番を待っている。今年は父の代から数えて50周年に当るこの八百金、お客にはくまなく声をかけチラシを配り売り込んだ。「お客さんには日本一、ええ正月をしてもらいまっせ。鍋物、おせちの材料は全てこの八百金にお任せを。目ん玉飛び出す程の神戸一大安売りで飛ばし売りまくりまっせ」ど派手に大口叩いて宣伝、約束したばかりである。さらに景気を盛り上げるためにチンドン屋さんにも来てもらって町内を練り歩いて貰った。
「このどっさり仕入れた野菜、何んとか手打ってお金に換える方法はないもんかいな。」パンパンに張らした顔をくっつき合わせるようにして思案する父と母。そして私と女房。この寒さでは野菜が凍ててしもて駄目になるかもな。あれこれ考えて、そうこうしている内にふっと私の頭の中をよぎったものがある。ガバっとふとんはねのけて立ち上ったかと思うと素っとん狂な声で言い放なった。「無人販売やがな」そう言うが早いか全員をけしかけて、風邪熱などほったらかしで店出しにかかる。この有様を目にした市場の大将、おかみさん連中が店にやって来た。「一体どないしたん」事情を説明すると、「そんなことならうちらも協力するがな。お金の番やら、品出しやら前売りも、任しといてや」市場の人々のお言葉に甘えて店出しを済ますと、ふとんに潜りこむ家族、「おたふく風邪のため、無人販売と致します。直、全品5割引き大奉仕価格」でかでかと書かれた断り書きお知らせ。市場歴史始まって以来の無人販売、夕げ時とあいまって物珍らしさも手伝って野菜が飛ぶように売れてゆく。「これでお客さんと約束が果たせたわ。わしらの顔が立ったわ。よかったな」
私のこの思いつき無人販売。市場の中だけにとどまらず予想だにしなかった大広がりを見せた。噂が噂を呼んで新聞社の人達の耳に届いたのだ。大流行のおたふく風邪と無人販売。実にタイムリーな記事になると踏んだのだ。「新聞社の人、連れてきたで」市場の会長さんがにこにこしなが新聞社の人を連れてきた。「八百金が有名になるチャンスやで。八百金だけでなく市場自体が知れ渡ることにもなるで。こんなビッグチャンス逃がす手ないがな」会長さんのあおりと押しに負けて記事をうけ写真に収まる家族、おたふく顔がかしこまってフラッシュを浴びる。新聞社の人が引き上げた後、入れ替わるようにしておかみさん連中がやってきた。「今、出来たてのあつあつのおじや、これ食べて熱散らしや。」思いがけない差し入れだ。写真に収まるきんちょう感がやっとこさ、ほどけたばっかりだったので、空腹感がどっとおそってきておじやのうまいこと、うまいこと。「ええ人に囲まれてこの市場で商売出来てこんな幸せなことないな」
ホッと胸なでおろす父と母、二階の居間から店先きをのぞくとチンドン屋さんが、ハネるようにして「買物ブギ」を演奏しまくっている。「でかしたな」父がポンと私の背中を小気味よく叩いてくる。母は母で「お客さんとの約束守れたんでお互いがええ正月やれそうや」と一息入れている。女房は女房で「もし、店閉めていたら銭湯でお客さんと出会ったら何言われるかハラハラドキドキしてたんや、これで肩身のせまい思いせんで済むわ」。今はすっかり静まり返った市場、無人販売に始まり新聞社の人の訪問、そしておかみさんの差し入れ。めまぐるしく過ぎた一日を噛みしめるようにして振り返る私。お客さんに約束して間違いなく八百金の正月野菜を食べてもらうことが出来て、きっとええ正月してもらえるに違いない。おたふく風邪であれほどはれていた顔が引いていくようなそんな気がする。初夢は恐らく今日一日の出来事が出てくるかもな。