第29回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2018年
第23回入賞作品

優秀賞

俊太が笑った 阿部 広海(65歳 講師)

 "カブトムシお前もひどい日焼けだな"
 俊太君が三年生の時、金賞を取った俳句だ。
 私が俊太君と出会ったのは、三年前の五月国語の出前授業で落語の講演があり、その講師として伺った時だった。低学年対象だったので導入で落語の概要や歴史を説明し、「寿限無」と「子ほめ」の二題を上演、児童たちの笑い声に包まれた楽しい二時間だった。
 私は脱サラして噺家に弟子入りし、二ツ目までいったが挫折してやめた。30歳で高校の教員になり、落研の顧問を長年やり、老人ホームの慰問や文化祭での発表、小学校の学校寄席にも声がかかればすぐに飛んでいく。拙い芸だが地域の皆さんに笑いを届けることを生き甲斐にしてきた。落語の修業の一貫で若い時から俳句も習った。退職後はまちの公民館で子供俳句塾を開いて言葉表現の楽しさを教えている。
 俊太君は一年前から不登校だった。ひきこもり状態で家から外に出ることは殆ど無かったという。母親は心配してカウンセリングを受けていた。学校寄席のある日も、落語好きの俊太君のことを聞いていたので、私が学校に来るように誘った。俊太君はお母さんと一緒に一番後ろの席で私の噺を聞いてくれていた。教室は子供たちの笑い声で明るかったが、俊太君の表情は最後まで固かった。ずっと友達を避けるように教室の隅でうつむいて座っていた。
 後日、子供たちからお礼の手紙が届いた。
 「落語はじめて聞いたけどおもしろかった。」
 「また聞きたい。」
 「一人で何人も演じてすごいと思った。」
 俊太君の手紙もあった。
 「ぼくも落語おぼえてやってみたい。」と力強い文字で書いてあった。
 「落語の本たくさんあるから読むといいよ。」と私は返事を書いた。それから俊太君との手紙のやり取りが始まった。
 しばらくして、公民館の子供俳句教室にも俊太君は来てくれるようになった。感性豊かな才能はみるみる開花して、大人たちを驚かせた。冒頭の一句もその代表作である。
 落語も創作噺をつくっては、よく私に送ってくれた。とても小学生とは思えない練られた噺の筋に感心するばかりだった。ある日、原稿用紙20枚の大作がきた。AI新時代、人工知能をもったロボットが人間社会を征服し、地球上にロボット王国を誕生させる。というストーリーの創作落語である。登場人物( ロボット) の個性も豊かに描かれ、オチもちゃんとついている。すばらしいの一言だった。このぼくの落語、おっちゃんにやってほしいとのリクエストだった。私は困った。悩んだ。古典落語は得意だが新作落語はやったことがない。でも俊太君の願いを叶えてやりたい。次の公演日まで一ヶ月しかない。私は俊太君に約束した。
 「おっちゃんやるよ…噺、覚えて、練習して、次の講演にはきっと俊太君の"ロボット王国誕生" をやったる!」毎日猛練習を重ねた。そして講演の日がきた。
 「エーお笑いを一席、ロボットと人間の違いは…?チビッ子に聞きました」。
 「ロボットには感情がない。おこらないし文句も言わない。だから争いごとがない。」
 「ご飯を食べないからウンチをしない。トイレに行かないから清潔です。」
 「風邪をひかないし肩こりや神経痛もない。でもデンキが切れてしまうと倒れてしまう。これをデンセン病といいます。」
 アドリブとロボットの声色を入れての熱演に教室は大爆笑、俊太君も手を叩いて大笑いしている。満面の笑顔が少し涙ぐんでいた。新作落語の発表会は大成功だった。
 講演が終り、控室で着変えをしていると俊太君がやって来た。
 「おっちゃん今日はありがとう。ぼく、明日から学校へ行く。」俊太君の顔は生き生きと、目は輝いていた。