第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2010年
第15回入賞作品

佳作

「約束の日記帳」 上原 順子(72歳 無職)

 今から二十一年前である。水口泰吉さんは、当時私が教頭として勤務する学校の警備員だった。主事室に行くと、いつも黒い表紙の小さなダイアリーに日記をつけている姿を見かけた。狭い枠の中に小さな字でぎっしり書いている。年に一度役所から支給されるダイアリーは一般にメモ帳として使っているものだ。黒いノートで日記をつけ十年になるという。狭い欄に書きこまれたぎゅうぎゅう詰めの文字を見て、私は、なぜか日記帳をプレゼントすると約束した。何のはずみだったのだろう。「うれしいなあ」無口で気難しい風貌の顔に少年のようなはにかみを持った微笑みが浮かんだ。選んだのは三年日記。ケースに入ったT社のものである。新年度四月私は異動したので、その後水口さんとお会いすることはなかった。それから三年目の年末、「もうすぐいただいた日記帳が終わります」と筆字で近況が綴られた手紙が届いた。ああ、三年たったのだ。使い勝手を尋ねると大変気に入っているとのこと。同じものを送った。その後三年目には手紙が届き、十八年目を迎えた十二月。届いた手紙に絶句した。「骨肉腫になってしまいました。後三年書けないかもしれませんから、今回日記帳は送っていただかなくてもいいです」とある。「新たな三年間も絶対最後まで書くことができますように…」私は、祈りを込めて送った。手術した結果良性で片足切断から免れたとの報告が入った。二年後、今後は私が癌になり手術を受けた。そのことを水口さんは知らない。
 今年の年末、「七冊目もお陰さまで無事書き終わりました。先生のお陰で二十一年間毎朝書き続けることができました。今、糖尿病と心臓病。水泳をすると心臓に悪いし、運動しないと糖尿に悪いし、悪戦苦闘中とのこと。後三年書くことができるかと不安な気持ちでお便りしています」三年前とは異なり送らないでよいなどという言葉がないのが嬉しかった。
 気が付いたら十二月二十八日。私はあわて急いで書店に行った。遅すぎたのか目的の日記帳はない。他社の日記帳では、水口さんが納得するわけがない。電車で松戸の駅ビルに向かった。私の街の本屋より大きな本屋なのにここにもない。在庫があるか尋ねた。
「生憎在庫はありませんがお取り寄せ出来ます」と店員。「年内に届きますか」「いいえ、新年に入ってしまうかも知れません」どうしても年内に間に合わせ送らなければならない。また電車に乗り、北千住の駅ビルに向かう。そこにはきっとあるだろう。二つの駅ビルのどちらの書店にも目的の日記帳はない。お茶の水に行けばきっとある。また電車に乗りお茶の水へ。お茶の水のニ軒目、この店は日記帳の特設売り場を設けていた。ああ、やっと手に入れることができる。八階へ急ぐ。何と見慣れたハードな表紙のケース入りの三年日記帳は一冊あった。でもそれは大判の立派な日記帳だった。新宿店に問い合わせると四冊あるとのこと。「二日お待ちいただければこちらへ届けさせます」と店員。私はもう疲れて今から新宿まで足を運ぶ元気は残っていなかった。二日後では間に合わない。水口さんは今七十八歳。そうだ、この日記帳になればもっと書きやすいだろう。今までの日記帳にこだわることはない。目前の一冊の日記帳は水口さんのためだ。「大判にしよう」私は勝手に意を決し書店から水口さんに発送してもらう手続きをとった。気がつくと、私は台所用のモンペ姿のままであった。ああ。
 こんな経緯は何も知らない水口さんからきっと礼状が届くことだろう。「今年から大判の日記帳になって、びっくりしています」
 お互い大病を患ってしまったが、三年後、また何時ものように「日記帳がもうすぐ終わります」と手紙が届きますように。そして私も又、今度は決して慌てることなく九冊めの日記帳を送ることができますように。