第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2010年
第15回入賞作品

優秀賞

「いいばあちゃんとの約束」 北村 岳斗(大阪市立天王寺商業高等学校3年)

 その人との出会いは、私が一歳の時だった。その人の名前は「いいばあちゃん」。お手伝いさんとして私の家に勤めていた。私の両親は、そのころ商売をしていて、日頃の世話はほとんど「いいばあちゃん」がしてくれていた。
 私は小さい頃、鉄道が大好きで何回も近くの博物館に連れて行ってもらっていた。いいばあちゃんは、独身で子供がいなかったため、私のことを実の孫のように可愛がってくれていた。いいばあちゃんは家族だった。
 小学校四年生の春休み、突然いいばあちゃんとの別れが来た。いいばあちゃんは府外のグループホームに入ることになった。私が母からその話を知ったのは、いいばあちゃんが引っ越しをする当日だった。母と一緒にいいばあちゃんの家まで行って、お別れの挨拶をした。その場で一時間ほど泣き続けたというのを今でも覚えている。
 それから一ヵ月に一回、祖父母と共にいいばあちゃんを訪ねた。別れ際に挨拶をして、グループホームを去る時に、いつもいいばあちゃんとこの約束をしていた。
「また、来月会いに来るからね。」
 この約束が、恒例の挨拶のようになっていた。いいばあちゃんはこの約束をするとき、いつも目に涙を浮かべていた。
 月日が経って、私は中学に入学する年になった。中学では部活に打ち込むようになり、いいばあちゃんに会いにいくのも次第に少なくなっていった。そして、とうとう中学二年生の夏を最後に会いに行かなくなってしまった。もちろん、その時もいいばあちゃんといつもの約束をして別れた。
 高校三年の夏。母との会話の中で、ふといいばあちゃんの話題がでた。そこで、グループホームに引っ越すことになったのは、認知症が発症していたからだということを知った。話の最中、私の頭の中では、まるで古いビデオを見ているかのように、いいばあちゃんとの思い出が再生されていた。最後に、あの約束をしている映像も再生された。
「会いにいかなきゃ。」
 無意識に口から出た。私はいてもたってもいられなくなり、週末にいいばあちゃんに一人で会いに行くことにした。
 行き道の道中、色々なことを想像していた。背も伸びたから驚かれるかな、いいばあちゃんも元気で変わってないかな、考えていると自然と笑顔になっていた。
 グループホームのチャイムを押すと、職員の人が出てきた。しばらくすると、いいばあちゃんが奥から歩いてきた。いいばあちゃんはまったく変わっておらず、安心した。
「たぁ坊、久しぶり。元気やったか。」
 私ではない人の名前をいいばあちゃんは言った。久しぶりに会ったから、人を間違えたのかなと思い、笑顔で自分の名前を告げた。
「誰かわからへんわ。」
 私はその笑顔を保つのに必死だった。いいばあちゃんの頭の中に私はもういなかったのだ。その後もいいばあちゃんは満面の笑みでたぁ坊、たぁ坊と私に話しかけた。途中、職員の人に話しかけられた。
「いつも男の子を見たら、たぁ坊って呼びかけるんです。いいばあちゃんの幼い頃に亡くなった弟さんみたいで。」
 その後もいいばあちゃんが、ずっと嬉しそうに話をしているのを聞いていた。
 帰り際、別れの挨拶をしようとすると、いいばあちゃんから先に
「また、来月に会いに来てね。」
と言われた。涙が出そうになった。あのいつもの約束をいいばあちゃんは覚えていた。
 それから、毎月とまではいかないがニ、三ヵ月に一回のペースでいいばあちゃんを訪ねるようになった。それ以降グループホームに入ると、自分の名前を心の中でたぁ坊に切り替えるようにしている。いいばあちゃんの話をたぁ坊として聞くのが、私のできる一番の恩返しだと思うから。