第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2009年
第14回入賞作品

佳作

「ひかりんじいちゃん」 片伯部 由香里(36歳 病院事務)

 宮崎県北部にある小さな島。私は、一年ぶりに墓参りに訪れた。
 島の入り口には、右手に赤、左手に白、通称赤波止と白波止の二つの灯台があり、まるで家の門みたいに出迎えてくれる。灯台の門をくぐり上を見上げると小高い山があり、そのてっぺんにお寺がある。
 そこには、私の大好きだったじいちゃんが眠っている。
「ひかりんじいちゃん。みんなつれてきたよ~」

 わたしは、幼少期をこの小さな島ですごした。両親の親はどちらも他界していたため、じいちゃん、ばあちゃんと呼べる祖父母は私にはいなかった。唯一そう呼べたのが、母方の祖母の妹夫婦。私には、大叔父、大叔母だった。
 そう、大叔父にとっては、私は何の血のつながりもない。それでも、大叔父にとって私は親戚一同公認の初孫だった。
 大叔父は、海上タクシーをしていた。その船のなまえが「ひかり」という。それで私はいつも大叔父をひかりのじいちゃん、こっちの方言では「の」を「ん」というため、ひかりんじいちゃんと呼んでいた。
 いつも、保育園から帰ると、速攻でじいちゃんの船着き場まで走った。夕方はいつも本土まで、定期的に船便があったからだ。じいちゃんの船に乗るとわたしはいつもじいちゃんの膝にすわり、一緒に船の舵を取った。本土に着くと、じいちゃんが釣銭のなかから小銭をとり、わたしにくれる。すると私は近くの店までおやつを買いに走った。10分程度の時間に私はおやつを選び船に戻る。ちょっと迷っていると船が出るぞと汽笛が鳴った。
 それがわたしとじいちゃんの日課だった。
 休日は、じいちゃんと船の掃除をした。バケツで海水をくみ、棒たわしで床をこする。このそうじもまた楽しかった。
 じいちゃんは、「ただ磨くだけではきれいにはならん。『いつもありがとね~』と感謝しながらみがくと床はピカピカになるとよ。」と教えてくれた。
 その教えは今も生きている。

 社会人二年目の秋、じいちゃんが喜寿を迎えることとなった。
 ちょうど、誕生日の日が土曜日で仕事が休みだったので、77歳を一緒に祝おうと母と計画を立てた。
「じいちゃん、お誕生日お祝いに行くから、絶対30日の日は予定空けちょってね。」
「約束だからね。」

 当日は雨だった。しかも波が高くて高速艇は運航休止だった。
 母は、「どうする?」と尋ねた。
 私は迷わず答えた。「うん、行くよ。だって約束したもん。」
 運よく、フェリーなら運航していたため、母と二人、じいちゃんへのプレゼントをもって島を訪れた。
 わたしは、じいちゃんに、グレーのマフラーをプレゼントした。
「これはいいわ。いまからは、さみーなるかいねぇ」そういって、首にまいてみた後、またきれいにたたんで、部屋にある引き出しの一番下の段にしまった。

 帰りのフェリー乗り場へ向かう途中、私は母に言った。
「おかあさん、きてよかった~。来年は祝ってあげれんと思うから。」
 少し認知症のはいったじいちゃんの箸をもつ手がなんだかとても子供のように見え、そして小さく見えた。
 それから、三ヵ月後、じいちゃんは、テレビの天気予報を見ながら眠るように亡くなった。なんだかとてもじいちゃんらしかった。
 通夜の晩、部屋にある引き出しの一番下の段を開けてみると、私があげたマフラーがきれいにしまってあった。
 私はそのマフラーを、そっと柩の中に入れてあげた。
『じいちゃん、最後の誕生日一緒に祝えてよかったね~。』
 心からそう思った。それがじいちゃんとの最後で最高の約束。
 約束の大切さと重さと約束を守る喜びを教えてもらった。

 今年の8月、一年ぶりの墓参り、それも妹家族も連れて総出で出かけた。
「ひかりんじいちゃん。みんなつれてきたよ~」
 墓石に水をかけようとした時、あったい涙が突然溢れ止まらなくなった。
「ほら、じいちゃんがうれしくて泣きよるっちゃが。よかったね、みんなで来て。」
ひかりんじいちゃん、わたしきっとじいちゃんみたいなばあちゃんになるからね。