第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2009年
第14回入賞作品

佳作

「大嫌いだった上司」 山浦 ひろみ(26歳 自由業)

 今私は映画の助監督として働いている。私が憧れ望んだ職業だ。
 小さな頃から映画やドラマが大好きで、好きなドラマは録画して、家族にしつこいと言われるまで繰り返し繰り返し見ていた。毎週テレビの前でワクワクしながら放送を待つうちに、テレビの前に座っていることしかできない自分がもどかしくなっていた。画面を越えて向こう側に行きたい。つまり作り手側になりたいという気持ちを抱くようになっていた。
 そうして私は無事就職活動を終えた頃にはテレビ番組制作会社のADになっていた。ただしバラエティ番組の。
 「まあバラエティもドラマも同じテレビだし、似たようなもんだ。バラエティ番組ってのもなかなか楽しそうだし、いつかドラマがやれればいいか。」
 大雑把で詰めが甘く、でも前向きな私らしい、実に安易な気持ちで私の社会人生活はスタートした。
 しかし、案の定というかお察しの通りというか、ADという職業はやはり厳しいものだった。文字通り不眠不休で働く日々。辞書の「不眠不休」という言葉に「ADのこと。」と書き加えてやりたかった。というか本当に書いてやった。これだけ滅私奉公しても毎日のように怒られ続け、心も体も疲弊して、その日その日をただやり過ごすことに精一杯。夢や目標なんて言葉は忘却の彼方。
 そんな状態の私の心をさらに重くしたのは、大嫌いな上司の存在だった。絵に描いたように、上に媚びて下に威張り散らす奴だった。度々怒鳴られたし、言い方も嫌味で、辞書の「嫌味」の欄にその上司の名前を書き加えてやりたかった。さすがに書かなかったが、転職を決めたのも、夢のためが半分。後の半分はその上司によるストレスが理由だった。
 退社の手続きを済ませ、後は消化試合。引継ぎや残務処理をつつがなく終えれば、晴れて夢に向けて頑張れるし、嫌な上司ともおさらば出来る。少し心が軽くなってきたある日、その上司からこう言われた。
 「ここを辞めるなら、次で成功しなかったら嘘だよ」
 よく意味がわからなかった。なんとなく「はい」とは答えたものの、嫌いな上司の言葉だったしあまり本気で受け取ってはいなかった。そして私は2年勤めた会社を辞めた。
 その後何とかチャンスをいただき、映画の仕事に、しかも希望していた助監督の仕事にありつくことができた。しかし「夢が叶った!」という幸福な響きとは程遠い引きつった顔を周囲にふりまきながら私は働いている。やはりこの業界、寝れない休めない辛さはどこへ行っても変わらない。ミスをするたび、この仕事には向いていないんじゃないかと思い悩む日々だった。
 でももし今この仕事を辞めたら、前の会社の人達は、親や友人はどう思うだろうか。「夢のためなんて言ったって、結局会社を辞めたのは目の前の辛い事から逃げただけだったんだ。どこへ行ってもダメな奴はダメなんだ。」と思われるんじゃないだろうか。負けず嫌いな私は、そう思われることだけは絶対に許せなかった。そんな時思い出したのはあの嫌いな上司がくれた言葉だった。
 「ここを辞めるなら、次で成功しなかったら嘘だよ」
 その意味がやっとわかった。それと同時に意地でも辞めるわけにはいかないと思った。
 固く誓い合った約束というわけではないけれど、今私はその言葉を上司と交わした約束として、それを支えに、それを励みに頑張っている。もしかしたら彼は覚えていないかもしれないけど、今度お礼の手紙を書いてみようかと思う。