第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2009年
第14回入賞作品

大賞

「10センチの窓からおくられて」 知念 奈美子(30歳 大学生)

 「失礼します」相談室のドアを開けた。担当医が座って待っていた「どうぞ座って。」「はい」「セキさん、そろそろ退院考えてもいいと思うのだけれど。」

「本当ですか?退院したいです。すぐにでも!」
「じゃあ、一週間後を退院の日にしようか。」

「はいっ!」
 ルンルン気分で病室にもどる。拒食症で生死をさまよって入院。4ヶ月に及ぶ行動制限。病棟のみの生活。「食べること」との格闘。半年の入院がようやく終わるのだ。

 病室に戻ると同室のコバヤシさんが窓から外の風景を見ていた。神経科の窓は自殺防止の為10センチしか開かない。10センチの窓からさわやかな風が吹いていた。「コバヤシさん!」「あらっ、ナミちゃん!先生のところどうだった?」
「うん。退院だって」
「あらっ!退院!よかったじゃない!そうか、退院か。ナミちゃんにも先を越されちゃったわね……」少し悲しそうに言った。ここは神経科病棟。みんな、早く家に帰りたいと思っているのだ。退院していくものを祝福と羨望のまなざしで送るのだ。

 喫煙室に行くとおなじみのメンバーがタバコを吸っていた。「ナミちゃーん。聞いたよ!!退院だって!?」オサヌキさんが言った。「そうなの!やっとだよ!」「よかったねぇ、なみちゃんここに来た時はよく生きてるなあってかんじだったもんね、いつも、夜まで何か食べてたよね!!えらいなあと思ったよ。」コムラさんが言った。「よし、今夜は談話室でナミちゃんの退院祝いをやろう!!お菓子とジュースとタバコ持ち寄ってトランプ大会だ!!」オサヌキさんが言った。「あらっ、じゃあ明日はみんなでカラオケ行きましょ。ナミちゃんのお祝いしに。」

 その夜、みんなにお祝いされ、翌日みんなでカラオケをしに行った。
 こんな風にしてもらえるなんて私はしあわせものだと思った。この半年、精神的にも肉体的にもつらかった。いっそ死んでしまおうかと思ったこともあった。
 体重を増やすためなら何でもやった。家に帰りたくてたまらなかった。サイモン&ガーファンクルにのせて「早く家に帰りたい」「アイアム ア ロック」を聴いていっそ「岩になりたい」とおもったこと。でも、病棟のみんながいたから、乗り越えられたこと、みんなに支えられたからここまでこれたことを思った。そして、決心した。「いつか、ここに戻ってこよう。今度はみんなを援助する側になって。」

 退院の日。
 晴天の中母が迎えに来ていた。
 病棟のみんながロビーに集まっていた。
 コムラさんが「ナミちゃん、あいさつ!!あいさつ!!」と私に促した。
 みんなを前にして涙がこみ上げてきて止まらない。
「みなさん、本当にありがとうございました。ここへは、患者としては二度と戻ってきません。いつか、みなさんを援助する側として職員となって戻ってきます。」
「よし、約束だぞ!」オサヌキさんが言った。
 私は黙ってうなずいた。
「ナミちゃーん、おめでとう!」みんなに祝福されて病棟のドアを開けた。エレベーターに乗り、みんなとの別れにひたってグズグズと泣いていた。
 1階に着き、建物から出て、車へ向かうと
「ナ~ミちゃーん!!!」大きな声が聞こえた。4階の病棟から何十本の手が出ている。神経科の窓は10センチしか開かない。その窓からみんなが手を振ってくれている。車で病院の敷地を出るまでずっと。

 私は感動して涙が止まらなかった。祝福と羨望のまなざし。それが退院するものを見送る目。そう思っていたが、みんなは私を本当に祝福してくれている。今までこんな風にしてもらった人はいないはずだ。
 溢れる涙とともに私はみんなにした「約束」を絶対守ろうと決心した。この忘れられない光景とともに。

 あれから10年たった今、私は30歳になって大学で精神保健福祉士を目指しながら勉強している。今年は4年生になり、来年には精神保健福祉の現場で働くだろう。あの時の約束は叶えられようとしている。