2008年
第13回入賞作品
佳作
「約束の試合」 松田 直己(47歳 男性)
20年ほど前、ある高校の校長から「3ヶ月だけ、理科の臨時講師をしてもらえないか」との電話があった。臨時講師とは、休職中の先生に代わって授業を教える先生である。当時、無職だった私は喜んで引き受けることにした。
私の仕事は自分が担当する授業の時だけ学校に行けばよいのだが、やがて、放課後も学校へ行き卓球の部活動に参加するようになった。その高校の卓球部員はわずか3人だけで全員が1年生だった。私は学生時代卓球部であり、実力にはある程度の自信があったのだが、2人の部員は予想以上にレベルが高くて、試合をすると負けてしまうことも度々あった。しかし、あと1人の部員は技術が未熟で、私が試合をしても絶対に負けないレベルだと思われた。調子に乗った私はその生徒に対して、次の約束をした。
「俺が君に負けたら、坊主になる」
その時から、彼は私を坊主にするために毎日試合を挑んでくるようになった。私は勝ち続けたのだが、彼は負けるたびに無駄なミスをしないよう心がけるようになり、徐々にボールのスピードと安定性が増してくるのを感じていた。彼は確実に上手くなっていたのだ。
「負けたら坊主宣言」をしてから約2ヶ月後、私は急速に上達した彼についに負けてしまい、その日のうちに床屋で五分刈りにしてもらった。坊主頭で学校に行くと、生徒達から暖かい笑いが起こった。
坊主になってから一週間後、私には学校事務職員の面接試験が待っていた。私は緊張すると上手く話ができない性分なのだが、面接官に坊主頭のことを聞かれ、事情を話すと大笑いされたが、「負けたら坊主宣言」の話は好印象を持ってもらえたようで、試験結果は合格だった。
やがて3ヶ月が過ぎ、臨時講師としての仕事が終わる時、授業を担当していたクラスや卓球部員が、送別会をして別れを惜しんでくれたのだ。僅かな期間ではあったが、この時の彼達との出会いは私の人生の中で大切な思い出となり、先生になりたいという気持ちを強く持つようになった。
私は部員達に「来年は教員採用試験を受験する。そして、本当の先生になって君達とまた卓球の試合をする」と約束した。
その後、私は事務職員をしながら毎年教員採用試験を受け続けたのだが、ようやく合格することができたのは、あれから6年も経ってからだ。あの時の彼達との思い出がなければ、途中で先生になることを諦めていたことだろう。
あの臨時講師から20年後、当時高校1年だった彼が、私と卓球の試合をするために、わざわざ東京から北海道へ夫婦で来てくれることになった。卓球を通じて知り合ったという奥さんは初対面なのだが、地区大会で優勝経験があるとのこと。私が顧問を務める高校の卓球部員達は、この夫婦に次々と敗れていった。しかし、私は彼にだけは意地でも負けたくなかったので、3週間前から筋トレをして完全な状態に体を仕上げていた。その甲斐もあってか、なんとか試合で2人に勝つことができた。彼との因縁の対決を制したのだ。
試合後、奥さんは明るく次のように話してくれた。「私が『そんな昔の生徒のことなんか、きっと覚えていないよ』と言っても『俺が先生を坊主にさせたのだから、絶対に忘れていない』と言い張るんですよ」
私は彼達から出会いの大切さを教えられ、自分の人生までも変えて貰ったのだ。彼達のことを忘れられるはずがない。実現までにかなりの年月を費やしてしまったが、「私が本当の先生になり、また卓球の試合をする」という、あの時の約束をようやく果たすことができたのだった。