第26回 約束(プロミス)エッセー大賞

過去の受賞作品

2007年
第12回入賞作品

中学・高校特別賞

「笑顔で会いましょう」 鎌田 柚(17歳 女性)

 父と母が別居することに決まった。四年前の話だ。中学生になったばかりで、まだ幼かった私にとってそれは受け入れ難い事実であった。

 私と弟のことを考慮して、弟が卒業するまでは離婚はしないと母から聞かされ、とても困惑した。いまどき離婚なんてよくあることだと必死に自分に言い聞かせて「分かった。」の一言を搾り出した。悲しいような気持ちとは少し違っていて、だからこそ余計に戸惑ったのだろう。それからその感情について悩むこととなった。特にいつも一人で座る、帰宅途中の電車内はそれに最適の場所だった。

 ある日、そうしてぼうっとしているうちに最寄り駅を過ぎてしまい、仕方なく家の付近を通るバスの出ている駅で降車してバス停へと向かった。

 いよいよ本格的な冬が始まるという時期、寒くて座っているだけで辛かったがバスはなかなか来ない。するとそのとき、

 「お嬢ちゃん。」

 という声が隣から聞こえた。見れば、背中の丸まった、小柄なおばあさんが私に話しかけていた。

 「寒いね。」

 と彼女は言葉を続けた。それとなく、適当に相槌ちを打ってその場をやり過ごそうとしたのだが彼女は話をやめなかった。「私は東北出身でね、あっちは今頃大雪だよ。行ったことある?」「あなた、寒そうねえ。手袋ちゃんとしなくっちゃ。」色々な話をふられた。その度に曖昧に返事をしては内心面倒臭いと感じていた。すると今までずっと話していた彼女が突然黙ってしまった。どうしたのかと俯けていた顔を彼女の方に向ければ、彼女はぽつりと呟いた。

 「息子がね、上海へ行っちゃったのよ。」

 とても、寂しそうだった。「仕事でだけどね、長くなりそうだからって奥さんと、孫も連れていっちゃってねえ、私一人なのよ。夫はもう他界してしまっているから。」と続ける彼女を見て思った。

 自分と似ていると。そして、やっと気がついたのだ。私は、両親の別居が悲しいんじゃない。ただ、寂しかったのだ。そう分かってしまったらもうどうしようもなくて、赤の他人の前だというのにぼろぼろ涙を零して泣いた。おばあさんは当然驚き、具合でも悪いのかと言葉を掛けてくれた。それがそのときの自分にはあまりにも嬉しくて、全てを話した。彼女はしゃくりあげながら紡がれる私の話を、ただずっと背中をさすって聞いてくれた。その手の優しさを、よく覚えている。バスが停車して、出発するのを二回見送った。それでも彼女はずっと傍にいてくれた。

 そして私が泣き止んだ後、こう言った。

 「あなたが孫に少し似ていたから、思わず沢山話してしまったけれど、あなたの話を聞けて良かったわ。私思ったのよ。確かに寂しいけれど、でも私の息子も、あなたの親御さんも、ちゃんとこの世界にいるわ。会いに行こうと思えば、会いに行ける。大丈夫、どんなに離れてもその気持ちがあればちゃんと家族よ。」

 それから、こう付け加えた。

 「私とあなたも、また偶然会うかもしれないね。同じバスを待っているくらいだしきっと近くに住んでいるわ。だから、お互い寂しくても、元気に暮らしていたら、それでまた会えたら、私は元気ですって笑い合いましょうよ。」

 最後に彼女は微笑んで言った。

 「ね、約束。」

 今、私は毎日元気に過ごしている。両親とも、それなりに上手くやっている。十七年間生きてきて、最も心に残っている約束が見ず知らずの老人と交わしたものであるなんて、少しおかしな話だが、それでもあの日の出来事は四年の月日が流れた今でも、私の心の中で温かく光り続けている。

 実を言うと、学校帰り、ときどきわざと電車を乗り過ごしてあのバス停へと足を運ぶ。もしかしたら、また隣にあの人が腰掛けて、「お嬢ちゃん。」と話しかけてはくれないだろうかなんて、くだらない、淡い期待を抱きつつ、古ぼけた椅子に座って二、三本バスを見送ってから家路に着く。この日常は、きっとこれからも続いていくことだろう。そしていつか「その日」が来たら、とびっきりの笑顔で迎えよう。そう心に決めている。