2007年
第12回入賞作品
佳作
「手編みのマフラー」 白井 剛(28歳 男性)
大学2年の頃、趣味は編み物だった。男ばかりの環境で育ったせいか、昔から、オンナノコらしい女の子に対する憧れが強かった。
高校の頃は家で参考書を広げるよりケーキのレシピ本を眺めていることが多かったし、大学に入ってからは、片道2時間の通学電車の中でセーターなんぞ編む始末。
申し遅れたが、当方、男である。ゴツい外見とのギャップのせいか、キャンパスの一部では有名人だったようだ。
さて、そんな変わり者に弟子入りしてきた物好きがいた。Yという同じサークルに所属する女の子。好きな男の子にあげたいので、編み物を教えて欲しいという。
女の子がオンナノコらしい趣味を持つことに大いに賛成な僕は、早速簡単なマフラーの作り方から教えてあげた。
編み物は、1つやり方を憶えたらあとは繰り返しだ。Yは根気が続かず挫折した経験があるらしい。持っていた本を見せ、縄編みや模様編みのやり方を聞いてくる。そういうワザに走ると手間がかかって途中で投げ出すから、まずはプレーンな物を1つ作り上げた方がいい。と諭すと、不承不承頷いてくれた。「出来上がったらゴウくんにあげるね」
とYが言う。
「好きな人にやるんじゃないのか?」
「だってさ、1コめは練習だもん。それは本命にはあげられないでしょ?クリスマスにプレゼントしてあげるから楽しみにしててね」
「クリスマスって、おい。マフラー1本編むのに1ヶ月もかける気か?そんなペースじゃ本命に渡す頃には春になっちゃうぞ?」
「いいの!完成したらちゃんと評価してよ?」
「…まぁ、くれるっていうならもらうけど。じゃあ、オレからも何かお返ししなきゃな」
「手編みの何かならいらないよ。絶対比べられるから」
「わかったわかった。何か買ってやるよ」
「うん。楽しみにしてるね!」
しかしそれから暫くして、Yは編み方を尋ねて来なくなった。また挫折しちゃったのかな、と僕は大して気にしていなかった。
1ヶ月後のクリスマス。サークルの忘年会の幹事のため、早めに集合場所に着いた僕を、更に早くから待っていたYが迎えた。
「ん。」
紙袋を手渡してくる。何だ?と訝しんで中を覗くと、完成したマフラーが入っていた。
「あっ!」
驚くと同時に焦った。この時までYとの約束をキレイサッパリ忘れていたのだ。
「そうだ、お返し用意するって…。スマン!忘れてた!」
「……ふぅん」
Yは見るからにがっかりしていた。
「いいけど、別に。期待してなかったし」
「えーと、じゃあ、まぁ、とりあえず。」
僕は財布から五千円札を取り出し、
「毛糸代って事で。本命のも頑張れ…よ?」
手渡そうとして、手を止めた。
「お金……?」
目に涙を溜めたYは、
「え?えぇ?どうしたの?」
「…帰る」
俯いたまま行ってしまった。
その後の忘年会で、事の次第を女の先輩に話した僕は、思いっきり頭を叩かれた。
「馬鹿かあんたは!死ね!」
Yの編んだマフラーは、教えていない筈のフリンジや縄編みを駆使した、かなり手の込んだものだった。
「クリスマスに手編みのマフラーもらって、お返しがお金?Yちゃん、ゴウが何くれるのか、すっごく楽しみにしてたんだよ!」
判らない所は先輩に聞いて作ったらしい。
僕が安易に交わしてアツサリ忘れた約束をYは1ヶ月間、大切に抱えていたのだ。
「本命が誰かくらい、最初に言っとけよ…」
先輩に後を任せ、Yの家に走る僕だった。